四日目 世界遺産の街へ(新都ヴァレッタ・前編)

>>Voyage a few minutes

 早いもので、マルタに着いてもう四日目。4泊5日とは言っても、到着日が夕方で出発日が昼過ぎに街を離れるので、実質的には中3日が旅のコア。四日目の今日は、一日をフルに使える最終日。本来なら多くの旅人が、まず真っ先に訪れるであろう首都「ヴァレッタ」、そしてヴァレッタに遷都される前に首都であった旧都「イムディーナ」、この二つを今日はじっくり回る予定だ。

 宿泊しているスリーマからヴァレッタまでは、マルタバスで行くのが一番安い(47セント)が、スリーマの港からは対岸のヴァレッタまで渡し舟(フェリー)が出ていて、数分間の海の旅が楽しめる。せっかく今日は天気もいいし、これを見逃す手はない。

 スリーマの港へ着くと、岸壁沿いに数十のブースが設けられ、それぞれ行き先の看板が掲げられている。陽気な客引きのアンちゃんをかわしつつ、中央よりヴァレッタに向かってやや右側、ビールのレーヴェンブロイのマークが船体に入った、ミントグリーンの小型船に乗り込む。料金は確か96セント。往復の本数も多く、海風を切って進む爽快感は最高だ。


  やがて、船の前方に世界遺産の街が見えてくる。尖塔の向こうに見えるドーム型の屋根が、テレビ番組でも時々取材されている大聖堂(カテドラル)。

 真っ青な空を背景に浮かび上がる、蜂蜜色のライムストーン建築群がぐんぐん迫ってくる様子は、かなりの感動&ど迫力。降りてから街へ入るまでが、ちょっと坂道を登る手間はあるけれど、この景色が手に入るなら、おつりが来るほど。ぜひ、皆さんがマルタを訪れた際は、一度は乗ってみていただきたい。


>>The world Heritage City
     
 フェリー発着所から緩やかな坂を登り、いよいよヴァレッタの街に足を踏み入れる。と、その瞬間、大げさではなく時が止まったかのような錯覚に陥った。いや、まさに時が止まっているのだ、この街は。目の前にあるのは、まぎれもなく中世のままの町並み。

 ここ数日、スリーマや他の場所でも多くのライムストーン建築を目にして、免疫ができているはずなのに、さすが街まるごと世界遺産。すぐそこに甲冑の騎士が現れても違和感がない。実際、ブラッド・ピット主演の「トロイ」をはじめ、様々な映画のロケがこの地で行われたという。

 しかし、ヴァレッタで困るのが坂の多さだ。この街には、観光名所が集結した「リパブリックストリート」という通りがあり、そこだけは平坦なので、バスでやってきて普通に見て回るぶんには不便はないが、私のようにへそ曲がりな人間が、裏通りを歩いて街へ入ろうとした場合、ちょっと骨が折れてしまう。しかしこれも、天然の地形のまま城砦の中で都市が構築された、マルタの歴史を映した姿なのである。
 
 坂を上っていくと、リパブリックストリートが見えてきた。このまま通りに入ってもいいのだけれど、せっかくなので街の入り口である、バス発着所「トリトンの泉」前から、散策を始めてみるべく少々遠回り。ここから城壁の内部につながる橋を渡って、市内へと入るのが、一般的なルートだ。

 左の写真が橋から下を見たところ。路駐天国のマルタらしく、駐車場がわりになっているが、これがかつての城壁。この堅牢な盾に守られ、市民は外国の敵から身を守ったのだ。

 いよいよゲートが見えてきた。この中がヴァレッタの城砦都市。さすがに、スリーマとは雰囲気が違い、特にこの日は平日の朝だったこともあり、たくさんの通勤者を見かけた。当たり前のことだけど、マルタにも会社があるのだ。ただし、企業従事者は極めて少なく、男性もネクタイをしている人は、ごく一部だ。

 
 ゲートの先は、いよいよリパブリックストリート。写真ではさびれているムードに見えているけれど、実際はけっこうな人通り。マルタ共和国で最も栄えている、国いちばんの繁華街だ。

 この通りの入り口には、なぜか屋台のパン屋さんがいっぱい。バス発着所に近い一等地だからだろうか。その中で、いちばん売り子のお兄さんが美形な屋台をパチリ。売り台いっぱいのマルタパンが、香ばしい匂いを放っていた。

 

>>National Museum of Archaelogy


 リパブリックストリートを進むと、やがて左手に「National Museum of Archaelogy(国立考古学博物館)」が見えてくる。とは言っても、大きなゲートや看板があるのではく、ビルの一階の小さなドアに、施設名を刻んだプレートが貼られているだけ。私はうっかり見落として、来た道をまた戻る羽目になった。

 ここに展示されているのは、遺跡から発掘された貴重な出土品。もちろん現地では遺跡そのものの姿が体感できるが、こちらはその中から特徴的なものをピックアップし、学術的な説明を行うことで、より理解を高めるようになっている。入館料は5ユーロ。小さな受付の向こうは、意外と広いワンフロアの展示室が広がっている。

 ここのセクションは、展示品の数に応じて撮影数も膨大な数になったので、ブロックごとに紹介。

 まず、右はこの博物館の顔とも言える「スリーピング レディ」。ガラス越しなのでピンが甘いのはご勘弁願うとして、お皿のような台の上に女性が横たわっているのがわかるだろうか。
 これは、地下遺跡「ハイポジウム」で発掘された貴重な出土品で、大きさは手に乗るくらい。古代人がどんな意味をこめてこれを彫ったのか…。逆にマグカップ型の鉢は、大人が入れるくらいの巨大なもの。その当時から、持ち手つきのカップがあったことに少し驚き。

 こちらは展示品の説明として添えられた資料。左上は発掘当時の様子。考古学の世界をあっと言わせる大発見だったのだ。

 模型は、右上がタルシーン、左下がジュガンティーヤ。どれもクローバーの葉のような丸みを帯びた形状の連鎖で出来ている。一説には女性の体を象ったとも。

 右下は石を積んだ祭壇の予測図。実に緻密に設計がなされている。計算機もない時代、いったいどんな知恵を人々は絞ったのか。なかなか興味深い展示物がひしめいている。


 こちらはタルシーン神殿でも目にした巨石関連。現地にも転がっていた丸い石、こうやって解説つきで改めて見てみると、なるほどと思わせる。実は日本でも大阪城の石垣などは、似たような原理を用いて運ばれており、昔の人々の建築(特に心の拠り所となるもの)に対するすさまじいパワーには圧倒される。もちろん、今よりずっと長い時間がかかったのだろうが。

 その下は、ふくよかな女性を象った像のバージョン違い数点。古代マルタといえば、ファットレディと巨石と刷り込んでおくことにする。それほど、これらの特徴ある遺跡群の印象は深い。

 そして、左が今回の旅で唯一の心残り。予約が取れなかった「ハイポジウム」の洞内だ。

 ハイポジウムは、首尾よく中を見学できたとしても、撮影は一切許可されていない。なので、一般に公開されている内部は、これらの政府公認資料のみとなる。
 模型を見る限り、その内部は複雑に構成されており、まさに迷宮という名がふさわしい。ここへ潜入してきたという幸運なイタリア人マダムによると、「インディアナジョーンズの世界よ、マンマミア!」なのだそうだ。ピラミッド同様、とにかく現実離れしたミステリアスな空間であることには間違いないだろう。
 マルタを訪れる際は、日程が決まれば即予約することをおすすめしたい。


>>St. john's Co Cathedral

 博物館を出た足で、すぐ斜め前にある「カテドラル=大聖堂」へ。ここは、いわばヴァレッタの顔といってもいい建造物で、旅番組のレポーターが必ず訪れるような、マルタでは世界的にもっとも有名な施設と言える。

 ここもやはりライムストーンで出来た建物で、テレビでは立派な旧正面玄関が紹介されるが、実際の入り口はリパブリック通りに面した所にある(写真下)。肌の露出の多い人は布を手渡され、神様に失礼のないように身支度を求められる。日本の神社仏閣もそうだけれど、敬虔な宗教施設には、常識ある服装で訪れたいものだ。








  
 さて、いよいよ中へ。各国語の音声ガイド(残念ながら日本語はナシ)を貸してくれるので、予備知識なしでも詳しい大聖堂の歴史が把握できる。入場料は7ユーロだったか8ユーロだったか失念したが、その値打ちは十分にあったと言っておこう。

 何しろ、入るや否やカラヴァッジオのお出迎えがあるのだ。日本では有名でないかもしれないが、美大出身の私には「カラヴァッジオ様」なのである。入り口を入って左側の礼拝室、アーチの上にあるのが「執筆する聖ヒエロニムス」(1607年 油彩・カンヴァス 117×157cm)。

 ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオは狂気と才能が混在する、不世出の画家である。イタリアで生まれ、高くその画力を評価されたが、生まれつきの激しい気性により殺人を犯し、ナポリ、マルタ、シチリアへと流れながら創作活動を続けた。酒場で剣を振り回すその凶暴な腕が、いったん筆を持つとこんな繊細な絵を生み出すとは。いやはや芸術家とは、凡人にはわからない生き物だ。

 大聖堂には、カラヴァッジオ以外にも芸術品が多々ある。いや、むしろアートで埋め尽くされていると言っても過言ではない。絢爛豪華という言葉がぴったりと来る、天井や壁面の装飾に、一瞬自分がどこにいるのかさえわからなくなる。そんな圧倒される、重厚な宗教芸術に身を包まれるひとときだ。













 ひとつ注目したいのが、床のタイル。手描きの一枚もののタイルというだけでも、芸術的な価値が高いが、実はこれすべてお墓。このタイルの下に墓所が設えてあるのだ。日本人の感覚では、無礼極まりなく思ってしまう光景だが、西欧では通常のことらしい。

 しかし、床も柄、天井も柄、壁も扉も柄の空間が、なぜにこのようは不思議な統一感を持って静寂を人々の心に与えるのか。狙って作った現代風の建築では、胡散臭く安っぽくなるだけなのに。


>>Cafe Cordina

  さて、ここでちょっと休憩。大聖堂の隣にある「Cafe Cordina(カフェ コルディナ)」で、名物のカプチーノをいただくことにする。

 このコルディナは、正確に言えば大聖堂の斜め前に本店の店舗があり、リパブリック通りに面して物販コーナー、店中ではお茶や軽食を楽しむことができる。

 今回、私が陣取ったのは、道を挟んで反対側にある広場のテーブル。ここでは数件の店が席を持っているが、コルディナが大半を占めているようだ。何しろマルタ国内で最も歴史が古く、イタリアの大統領も来訪の際は、必ずここでカプチーノを飲むというほどの有名な店らしい。

 オーダーして5分ほどで出てきたカプチーノは、日本で流行しているアートはなく、ごくシンプル。お味は非常に濃厚で、どこかカカオやナッツを思わせる甘いフレーバーが後から来る感じだ。

 この店はコーヒーの他にお菓子でも有名で、空港などでもギフト用の焼き菓子やチョコレートが売られている。パッケージも他の店に比べてセンスがいい(というより他がひどい)ので、お土産にいくつか買って帰ったが、非常に好評だった。

後編へつづく



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